事件(小)
電車の中で立ってた人がヘルプマークをつけていたが、誰も席を譲ってなかった。
次の駅に着いても席が空かなかった。
近くに座っている若い元気そうな女性がいたので、ちょっとおせっかいかとは思ったが良ければ席を譲って上げたらどうでしょうと言ったらその人は「あっ、そうですね」といって席を立ってくれた。
ここまではいい。
よくある電車話だ。
もう少し詳しく書こう。
その女性はイヤホンで音楽を聞いており、姿勢も良くてぴしっとしていた。
音楽に集中していてヘルプマークの人の存在には気づいていなさそうだ。
その隣には若い男性が居眠りしていたが、かなりがっつり体が傾いていたのでわざわざ起こすのもなあ……という感じだった。
そういう判断で、この人なら大丈夫だろうと意を決して女性の前で軽く手を振った。
「すみません」
声をかけられたとき、女性はびっくりした顔をしていた。
「なんでしょう?」
「そちらに立たれてる方がヘルプマーク付けてるので、席を譲ってあげた方がいいんじゃないかなって」
いまどきやや不躾とも取られかねない提案だったが、女性はハッとした顔になって前述の通り席を立ってくれた。
そして僕は見た。
僕からは見えづらい位置だったがしっかり付けていたのだ。
女性は妊婦さんだった。
僕が見つけられなかっただけで、マタニティマークを付けていたのだ。
全身が一気に縮み上がった。
ここからはもう平謝りである。
ヘルプマークの人を助けるためとはいえ、妊婦さんに席を譲らせるなど……。
こと原因が自分の妙な親切心ゆえ完全に自業自得なのもまた恥のドライヴに拍車をかけていた。
なんてことをしてしまったんだー!
やっちまった!
うわああああ!
そんな僕の心の暴走に気づいたのか、隣で爆睡していた若い男性が幸いにも起きて席を立ってくれ、ヘルプマークの人はその席に座ることができた。
妊婦さんが立ってくれた席は空席のままである。
妊婦さんは私元気なので、と言ってしばらく立っていたが、何回もお願いして元いた席に座ってもらった。
その心が大事なんだと思います、そのままのあなたでいてください。
そんな優しい言葉をかけてくれながらしばらくしてその人は降りていった。
後にはすっかり収縮してマッチ棒みたいになった僕だけが残った。
教訓︰よく見よう。
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